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【マーチングプログラム教室】vol3.マーチングコンテストを学問的に捉える

Drum Corps Fun vol.4(2009年4月18日発行)に掲載

国際マーチング研究所所長
マーチングインオカヤマ総合コーディネーター
マーチングインオキナワ常任審査員

横田 定雄

国際マーチング研究所は、アメリカのDCIやWGIの指導者、そしてさらに音楽家や芸術家、審査員をされている大学教授の方々などのご協力を頂戴し、マーチングの研究論文発表や各種講習会など、約20年にわたりアカデミックな活動をしています。研究や教育などの地味なものですから、あまり表に出ることはないので知らないひとも多いと思いますが、23年前にアメリカのマーチングコンテストの審査綱領を日本語に翻訳し、初めて日本のコンテスト関係者に頒布したのも当研究所の仕事でした。

 17年前、マーチングインオカヤマの第5回記念大会に、WGIで5年連続優勝したカラーガードチームの世界的名門、サンノゼレイダーズの初来日を当研究所が企画、また同時に日本で初めてDCIの正規審査員によるマーチングコンテストを実現し、現在も岡山で継続しています。当時は、日本では審査に関する学問的文献も全くない時代でしたから、すべて英語で審査が行われ中、日本語で翻訳するにも言葉(概念)がないというお粗末な状態でした。それでもなんとか翻訳された審査員の一言一言に、”目から鱗が落ちる”という状態でした。審査員は、審査内容と評価をきちんと言葉で説明する責任が果たせる方でなければ務まりません。アメリカではこれが自然で、誰もが当然と思っています。

 現在に至るまで、数多くの先生方にマーチング教育についてのたくさんの論文を頂戴し、それを翻訳してきました。ジャーナルとして少しずつ日本のみなさまがお気軽にご覧いただけるように出版してきました。そうした研究から、沖縄でも早々に日本語化したアメリカの講評用紙、採点基準表を用いて新たな審査制度を採用をすすめ、沖縄のマーチングの発展の下地作りになりました。その後、マーチングの盛んな神奈川やDCJなどのようにこうしたアメリカの審査方式を採用する組織が増えています。果たせるかな、審査方法を改善した地区はみなさん発展しています。また、これからも少しずつこうしたアカデミックな審査が普及していくでしょう。そして、参加者が審査員の細かな評価に感謝し、観衆も審査員の正確な評価を理解する時代がくるでしょう。

 コンテストは地方から選出されたものたちが、段々と勝ち上がるシステムになっています。多くの方が全国大会が一番大切なものと思われているかもしれませんが、マーチングの発達に欠かせないのはそこではなく、地方のコンテストであり、まさに地方の審査です。地方のコンテストの審査というものが実はそのものズバリ教育で、最も重要なものです。これはどう言葉を変えても曲げようのない真実です。地方代表を選出するだけの安易なものではないと言うことです。頂点を極める全国大会のような場では、教育的と言うよりも優秀者がしのぎをけずる研鑽の場です。まさに優劣を決めるための結果を求める場であり、将来のための教育などと考える人はあまりいません。

 これに反して地方はこのまるで逆です。県単位などの小コンテストでは誰が見ても代表を決めるのは簡単というような状況がよく見られます。たしかにそのとおりです。しかし、地方のコンテストというものは勝者よりも敗者に主体を置くべきなのです。敗者が、どこが悪かったかが適切にアドバイスされるシステムになっていないと、教育的どころか、コンテストそのものが勝者のための儀式となり、多数のただ負けるだけの生け贄をを伴うセレモニーと化します。このような間違った見方では、何回コンテストを繰り返しても強者が弱者を利用するだけのコンテストになり、やがては勝者一人のコンテストになり、コンテストすら成立しなくなります。広い日本の一部にはすでにこうなりつつあるコンテストもあるのです。弱者を大切に導かなければ参加団体は減ることはあっても増えることはありません。強者が弱者をいたわるべきだとか言う教育論ではありません。教育的審査制度をもってコンテスト後に審査員が助言と指導を求める参加者に丁寧に応じることが審査の本分であり、よき教育であると言うことです。審査員の慰労会よりも、敗者となった参加団体の指導者の悩みや質問に耳を貸し、知恵を授ける会(クリティーク)を開催することが先なのです。繰り返しますが、これがマーチングコンテストの真髄なのです。 わたくしどもの研究所は、こうした問題を避けるべく教育的なシステムを採用するように常に働きかけています。たとえば、沖縄、岡山、DCJなどでは、たくさんの団体指導者が審査員の講評を楽しみに集まり、毎年、コンテスト後のクリティークに勉強できることを期待して指導スタッフの”行列”ができます。審査員との質疑応答が活発に行われ、どの団体もQ&A時間の短さを不満に思うほどです。全国大会のように順位やメダルの色が気になるだけの場所とはまったく違うと言うことです。正しい審査制度が機能して参加者の信頼があればコンテスト後に騒ぎが起きるようなこともありません。きちんとした審査機能がなければ、優秀な審査員が能力を発揮できることも期待できません。審査結果が問題を引き起こすようなことは、とりもなおさず、運営者、組織責任者の能力や責任そのものの問題なのです。審査員の資質の問題かもしれませんが、結果として、組織としてこうした問題を発生させた責任を審査員個人にすり替えることはできません。すり替えれば、翌年は違う審査員でまた同様な問題を引き起こすでしょう。
 今では日本でも、あちこちでテープを用いて審査内容を同時記録していく学問的な審査が当たり前になってきていますが、以前は”偉い先生にテープでしゃべらせる”ことなど怖くて誰も頼めないなどという、なんとも情けない、お粗末なコンテストの状態でした。コンテストとは本来どういう運営がよいのかがよく分からないでいた時代ですから仕方なかったでしょう。ただひたすら点数を付け、審査員も貴賓客として迎えられ審査が終わればそそくさと宴会に行ってしまうような教育とはほど遠い状態でした。

 審査結果は、ときに政治的な動きが絡むこともあり得ます。いや、現実あるのです。審査員が楽器メーカーの社員や関係者であったりすることもあり、常識的に営業行為になることはできないはずなのですが、あからさまに言動に表す不届きなものもまれにいます。小生も頼まれて沖縄で20年も審査員をしておりますが、厳にこうした行為は慎んでおりました。沖縄の発展のために尽力こそすれ、企業に貢献することはできませんでした。会社からは営業のプラスにならないから辞めてほしいと言われたほどです。審査員としてよい仕事をすれば間接的に少しは会社のイメージがよくなるだろうというようなメリットぐらいでした。それだけにますますうしろ指さされないように審査の勉強を真剣にせざるを得なかったのも事実です。とても来賓気分でできるようなことではありません。ご存じのようにマーチング関係者スタッフは一生懸命です。審査員もなまくらでは務まりません。

アメリカのDCIやWGIでは、営業行為に絡むひとはたとえ大会スポンサーであろうと審査には少しも絡めません。

基本的に審査員の選出、制度や機能の研究、実践は大会運営者のものではありません。審査員の組織が独立しています。ちょうど、三権分立のように行政と司法が別組織なのと似ています。ですから、総理大臣が裁判官を兼務することができないように、マーチング協会ならば理事や事務局のひとは審査には関知できないのです。DCIやWGIではこれを議論することすら恥ずかしいことです。絡めば地位を奪われます。日本も、審査員、審判員は当然ですし、参加団体の指導に少しでも絡むひとはその審査員となる権利を放棄したことになるのです。これは一年ごとに契約としてアメリカでは事前確認があります。アメリカが理想的状況ではなく、こうした混乱や問題があったからこそこうした知恵とルール作りができたのです。日本もいままさにこの混乱や問題から抜け出すときなのです。日本のマーチングが成長、発展するためには避けては通れない道です。アジアでの大会など、今後は国際的な公正さと高い見識を日本が示すことが必須です。まずは日本国内を整備し、外国に誇れるような制度を打ち立ててからでしょう。アメリカの審査員を呼んでも、自らの制度や綱領が機能してないところではお茶を濁しているだけです。

 最近、優秀な団体が肩を並べる地域では審査が大変に難しくなっており、関東大会のように参加団体が非常に多いと審査員は記憶力も適当な段階で麻痺してきます。正直言って公正な判断基準が動いていることに自分では気づかないと言うことすらあります。実力が拮抗してくるとさらに判断が困難になります。こうなると審査員は、一生懸命やっていながら自分の一貫性がないことに気づかないか、あるいは途中からあいまいになるとか、世間の評判にだいたい合わせるとか、自分が怪我しない程度の採点をすることもあるのです。これは、憶測で言っているのはなく、アメリカでも日本でも同じで学問的に見てそういう事態が起こりうる、また起きたし、これからも起きる可能性があると言うことなのです。これはアメリカの審査員との数多くの交流の中から得た事実なのです。これを改善するのは審査員が拠り所とするシステムをしっかりと作り、所詮人間がやることですから誤りがあることを前提に、審査訓練、教育をするべきなのです。

 組織としての将来の発展のためには、審査員の研修機関を設け、予め準備教育しなくてはなりません。参加団体は勉強して優れた人材が出てきますが、審査員は教育を受けてません。要するに勉強不足です。参加者側に匹敵する審査員団(組織)を作るべきです。そのためには協会も予算を組むことが必要でしょう。審査員はエリート職でも名誉職でもありません。単純にその特定分野の専門職です。専門的な研究、訓練がなくては元来できないのです。一言もしゃべらない、書けないような審査員では、どんなに偉いひとでも役にたちません。地方からこそこうした考えに基づくアクションプランが必要です。有名音楽家、演奏家が優れた審査員とは限りません。才能があっても審査に向かない人もいるのです。こうした例は何度も目撃してきました。審査員は教育者であり、研究者です。やる気になれば日本は優れたマーチング先進国になるでしょう。マーチング教育もメーカーの望む市場規模の拡大もあり得るでしょう。本来のマーチングのおもしろさを求めて本当の教育者たちが立ち上がらり、勉強する気になれば未来は今よりもはるかに明るいでしょう。

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