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見えない壁を自分で作らない!

Drum Corps Fun vol.2(2007年4月11日発行)に掲載

神奈川県立湘南台高校 吹奏楽部 監督

羽場 弘之

部の土台づくり

伝えること、くみとること

私が監督をつとめている吹奏楽部をマーチングに変えたのが8年前。そのときは部員もマーチングに初めてふれるため、毎日ミーティングをしていました。マーチングのいろはから、心構えまで様々な事を伝えていました。当時は部員も12名だけでしたので、部員一人一人の顔や眼差しを確認しながら話をしていきました。話をしていてもどこまでわかってくれているのか、手に取るようにわかったものでした。部員もわかればすぐに行動に移してくれていましたし、わからないことはその場ですぐに質問もしてくれました。部員が増えてくるとこうしたコミュニケーションの取り方に限界を感じることも少なくありません。100人を超える部員を前に注意や心構えを説くことが良くありますが、なかなか手応えを感じることが難しくなっています。話をする側としてもアンテナを張り巡らせて、部員の反応を敏感にキャッチしていないといけません。部員の微妙な表情の違いから、部員の様子をくみ取っていくことも必要です。

ルール

さて、マーチングに部活動を衣替えした8年前。12名の部員と共に毎日が苦労の連続でした。そんな中で様々なルールを作りました。部の創設から決めることはすべて決めてしまおうという方針でやってきました。その当時一緒に努力をしてくれた部員達が、その後もし部活が盛んになったときに、新しい決まり事や何か違うことで動いていくようになってしまっていたら、きっと部活に来にくくなってしまうと言うのが、最初にルールをすべて作った理由です。最初の部員が卒業後も来てくれるような環境を作れなければ、その後の発展も無いと考えたからです。その甲斐あってか、部員が120名を超えるような部に発展することができました。その当時は夢のような話でしたが、十数名の部員の時代から、様々な想像を働かせてルールを作ったことが大事なことだったと思います。

精神面の強化

技術は練習をまじめにしていればやがてついてきますが、精神面の強化は自分で普段から鍛えておかないとどうにもなりません。人間は気をつけていないと楽な方へと行動をしてしまう生き物です。その楽な方に流れようとする気持ちは自制しなければいけないと思うのです。部員一人一人の内面の取り組みの問題ですので、全員にしっかりとわかってもらうということは非常に難しいです。
部員によく話していることですが、「習慣は第二の天性」ということです。習慣とはあとから身に付いたものですが、ともすると自分が生まれついたものと同じようなものになるという意味です。自覚を持って、過ごしてもらいたいと思っています。自分が取り組む良い姿勢が練習に生かせることができれば、それこそ生まれ持ったものと同じようになっていくことができます。

部活指導

部活指導では技術指導も大事ですが、一番大事なことは、精神力の鍛錬です。精神力というと抽象的ですが、生活指導と言っても良いかもしれません。誤解を恐れずに言えば部員の生活面をきちんとさせることです。高校生として当たり前のことをやっていれば特にうるさく言うことはありません。しかし今は高校生ぐらいの年頃にはあまりにも多くの誘惑があります。その誘惑に対してどのように対処するかを、部員に伝えることが大事なことなのです。

練習のありかた

本番を意識した練習

練習は何のためにするのか、それは自分のため、技術向上のため、大会で良い結果を得るため、などでしょう。何か自分の目標を、あるいはチームの目標を実現するために練習をするわけですが、常に本番を意識した練習を心がけたいものです。練習が練習の時間が経過するためだけのものになってしまうことがよくありますがそれでは練習の意味がありません。

些細なことに気付けるか?

些細なことに十分に気をつけながら練習をすることの繰り返しが中身の濃い練習につながるのではないでしょうか。些細なことに気がつくようにするというのは、部活動の中だけで培われていくものではないでしょう。普段の生活の中にも気をつけなければならないことがいくつでもあると思います。この些細なことに気がつくような習慣をつけることが出来れば、練習も密度の濃いものになっていくでしょう。そして、それが本番を意識した練習への第一歩につながると思っています。

慣れること

ショーの完成度を上げるためには、部員の気持ちの持ち方が大きく影響します。メンバーが何に不安を持っているかをしっかりとおさえて、その不安を解消する練習を行うことが重要になります。テンポの不安定感、ラインのずれなどはメンバーの不安な気持ちを大きくします。そんな気持ちを持ったままで練習してもうまくいきません。ショーを何回も繰り返し練習することで、ショーそのものに慣れていくしかないと思います。繰り返し練習することで、気持ちにも余裕が出来てくれば、自然にショーそのものに表現力や訴えるものが現れてきます。

基礎練習

ショーの練習と同様に重要なのは基礎練習です。大会が近づくとどうしても曲の練習やショーの中の振り付けばかりに目がいってしまいます。ここで勇気を持って基礎の練習に打ち込むことが大事になります。時間のやりくりも難しいですが、遠回りをするようでもこれが結局上達の一番の近道になるのです。

天気と共に

マーチングとは屋外で行われるために始められたものですから、天候が様々な形で影響します。晴れていれば練習が順調に進みますし、雨や雪では練習もはかどりません。でもそのような暑さ寒さを体感しながらマーチングは行われます。「これこそがマーチングというもの」だと理解する必要があります。熱いときは熱中症対策、日焼け対策。寒い時は、楽器やカラーガードも冷たくなりますし、寒さ対策に注意が必要です。春は花粉症の季節ですので、これもまた対策が必要。「マーチングとはこういうもの」。天気と共に練習が進んでいきます。

部員に求める姿勢

部の軌跡を知る

私が監督している部はまだ歴史が浅いです。しかしその短い間にも様々な事がありました。部員が泣いたり笑った悔しい思いをしたりしてきました。その歴史を現役の部員が知ることはとても大事なことです。先輩達の活動、努力や経験があり、今の自分たちの活動が成立していることを知ってもらいたいのです。そうすれば練習場所の使い方や練習の仕方も丁寧になると思います。共通認識をもって活動にあたれば気持ちを合わせることもそんなに難しく無いはずです。

上級生と下級生

マーチングは部員がフォーメーションを作っていきます。練習の時に何回も繰り返しラインなどが揃うようにします。ラインは自分があっていると思っている限り繰り返してもなかなか直りません。直線を作ったときに前に上級生がいて後に下級生がいるときは、下級生がラインがそろっているかを見るしかありませんし、下級生がラインを崩している上級生に声をかけて修正しなければいけません。これをやれるかどうかが上達できるかの分岐点になります。上級生の方が経験や技術はあるわけですから、下級生が上級生を注意するというのは難しいかもしれません。しかし、ショーが始まれば上級生も下級生もないわけですから、そこには遠慮があってはいけません。練習では上級生も下級生もなく厳しい態度で臨みたいです。

本当の厳しさ、優しさ

厳しさとは何でしょうか。人間誰しも嫌われたくないのは本音だと思います。しかし、大会後、もし残念な結果に終わったときに、「あと少し厳しく接していれば」とか「わかっていたのなら、まえもって言ってほしかった」と思っても、まさに後の祭りです。時間は戻すことが出来ません。そんな思いをしないように厳しく接することの方がよほど優しいことだと思います。大会が終わった後に「こうしておけば良かったのに」などと言うのは残酷な人間です。本当に優しい人間は言うべき時にきちんと言うことの出来る人間であり、一見優しく見える人ほど、残酷な人なのかもしれません

上級生の背中

大会に向けた練習をしていく中で、大人数であろうが部を一つにまとめていく努力は常にしていなければなりません。「子は親の背中を見て育つ」といいますが、これを部におきかえると、「下級生は上級生の背中を見て育つ」ということになります。上級生が鬼気迫る練習を行えば、下級生は緊張感の高い(テンションの高い)練習をするはずです。下級生の姿が実は上級生の姿であるのです。

マーチングについて知る

自分が日々練習をしているマーチングのことについて、部員全員でも知ってもらいたいと思っています。マーチングというものを知っていれば、それが演奏演技中に自然と音や表現の中にプッシュされて、観ている人たちに強く訴えてくるものになると思います。学校までの行き帰りの時間などを利用して、まずマーチングについて知ることに時間を費やしてほしいと思っています。そうすれば演奏演技の中に自然と幅が出てきて表情豊かなショーになっていくと思います。

感謝の気持ち

部員は感謝の気持ちを決して忘れてはいけないです。そしてこうした感謝の気持ちを表すために、学校生活(勉強と部活動)を充実したものにしていかなくてはなりません。部活動を続けていく際には絶対に必要になることですし、肝に銘じなければいけないことだと思います。

全員がレギュラー

基本的に大会には全員で参加することにしています。これは私の最も基本とする方針といっても良いでしょう。スポーツのように出場できる選手の制限はありませんので、レギュラー争いがありません。そのため部員の高いメンタリティが必要になります。どのようにすればそれが備わるのか、という答えは簡単には出ないですが少しずつ部員への意識を高めることしか方法は無いと思っています。些細なことでも部員が意識を持った行動をとれるかどうかが分かれ道になるでしょう。

ショー作り

表現力

ショーの表現力が高まれば訴える力が強くなります。ショーの作曲家の生まれた頃の歴史的背景や、ショーの中で使用されている曲がいつ頃、どのような時に作曲されたのかを知るだけでも表現力をつけるときの参考になると思います。またショーで使われている曲を原曲で聞くのも一つの参考になるでしょう。こうしたことを部員一人一人が知るだけでも、ショーの表現力が格段に上がってくると思います。

「自分たちのショー」にする

大会でのショーを満足いくものにするためには、まず、ショーを作る側と演ずる側との勝負だと思います。作る側が、良い曲・良いショー・良い振り付けなどを提供してくださいます。それに対してメンバーのクオリティが低ければ、きちんとショーにすることができません。そこには作り手と演じ手との勝負が行われます。メンバーとして提供されるものに負けないだけの演奏演技を行うことができるか否かということが、非常に大切なことになります。メンバーは自分たちのショーを「作り手のショー」ではなく、「自分たちのショー」にするために日々努力をする必要があります。

部活動だから・・・

部活動には勉強では学べない貴重な経験ができます。人とのつきあい方や、大会に向けた練習の中から集中力なども学んでいきます。そしてそれは今後の人生の中で大きく役に立つこともあるのではないでしょうか。また集中力などは部活だけではなく勉強などについても応用していける事もあるはずです。勉強は大事なことで、学校生活では何事にも優先されます。しかし高校生という人生で最も多感な時期に部活のような事に一所懸命に取り組むことは決して無駄なことではありません。部活をどんなにやってもその道でプロになるものはごく例外です。でも部活には勉強だけでは得ることのできない何か大事なことが学べると思っています。その大事な事というのは人によって様々なことで、それぞれ異なることかもしれません。高校生の間に勉強と部活をうまく両立させてほしいです。保護者の方も長い目で見ていただければと思います。

見えない壁を作らない!

ノミを透明な容器の中に入れます。その容器の大きさはノミがジャンプするよりも低い天井の容器にしておきます。そうするとノミは最初のうちは透明な容器ですから、ジャンプすると透明な容器の天井に衝突してしまいます。そんなことを何回も繰り返していると、ノミもそのうち天井に衝突しないようにジャンプをするようになります。その後、その透明な容器をどかしてもノミは無いはずの天井までしかジャンプをしなくなります。ノミが自分で、限界=“見えない天井”を作ってしまうのです。部員には自分で自分の限界を作ってほしくありません。自分の可能性は自分が思う以上に大きく広がっているはずなのです。しかし、よく注意していないと自分で限界を作りがちです。そんなことをさせないようにしたいものです。高校生の部活ではそれが出来ます。部活をやっている醍醐味は、この目の前にいる高校生達はいったいどこまで成長するのか、そこが見えないことがよくあり、その凄味を年に何回か見て取ることが出来ることです。自分たちで“見えない壁“を作ることがないようにしてもらいたいものです。

自分たちを超える

大会後は1年後の大会を意識した活動をしていくことになりますが、当面の敵は、自分たち。自分たち自身が乗り越えるべき壁になるわけです。なかなか手ごわい壁です。しかし、3年生が卒業し、新しい1年生が入部してきても、部員の約3分の2は一度その壁を登ったわけですから、前大会の自分たちを乗り越えていけるように、また少しずつ積み重ねていきたいと思います。

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