【Special Interview】平尾信幸氏×植木保彦氏

Drum Corps Fun vol.2(2007年4月11日発行)に掲載

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 打楽器奏者

平尾 信幸 氏

東京シティフィルハーモニック管弦楽団 トランペット奏者

植木 保彦 氏

オーケストラで活躍されている平尾信幸さんと植木保彦さんのお二人に、オーケストラ奏者からみたマーチングと今後のマーチングの発展についてお話しいただきました。

平尾 オーケストラサイドからみると「マーチングは遅れている」といわれがちですが、実はマーチングサイドからみると「吹奏楽はおくれている」といわれているんですよ、特に打楽器は。それは自分自身でもそう思うんですけど(笑)そもそもマーチングバンドはブラスバンドと同じように考えてしまってはいけないと思うんですが、やっぱりまだまだ吹奏楽、オーケストラの世界でマーチングのことを理解している人は少ないかな、と思います。

植木 マーチングは「吹き方が荒い」とよく言われていますが、最近のアメリカのマーチング(DCI)などをみていると、荒い演奏をしている団体はもうないですね。極めて基本に忠実なことをやっているので、奏法等はあまりクラシックと変わらないと思います。本当にいい音色で、いいバランスで、かつ迫力のあるサウンドで聞こえてくるので「日本でもこのように練習すれば良いのに」と感じているところではあります。日本のマーチングのプレーヤーは、私の教えている生徒もそうですが「基本的な練習はどのようなことをしたらいいか」がよくわかっていない人が多いようです。

平尾 色々な団体が、基本練習や個人練習にDCIなどのスタイルを取り入れてますが、なにか形式的と言うか、儀礼的というか…技術的、音楽的な基礎練習と、スタイルを統一させるいわゆるユニフォーマティーを重点に置いたトレーニングと混同していることが多いように感じます。ですから、これらウォームアップマニュアルのようなものだけやっても基礎練習ができているとはいえないとおもうんです。このためマーチング経験者の人たちを教えると、基礎が全然できていない・・ということが多いのが現状です。

植木 やはり基本をしっかりとやっていれば、ちゃんとそれなりのレベルになっていくと思います。私自身はマーチングは経験がないのですが、マーチングの音を聞いたときに「基本的な部分ができていないな」と感じることがあります。だったらマーチングにおいて、クラシック奏法のような基本的なことをしっかりと教えられる指導者がいるか、といったら私はあまりいないのではないかと思います。アメリカではオーケストラのプレーヤーがDCIの各コーのツアーに参加して音のチェックをしていたり、しっかりと基本を教えられる人がいるというシステムになっていて、基本ができているからこそDCIのレベルが高いショーや演奏ができるのだと思います。

平尾 日本の場合は根本的にマーチングを理解していないオーケストラ奏者っているんです実際。マーチングサイドからしても、悪くいえば「DCI至上主義」みたいになってしまっているような気がします。しかしアメリカのマーチングは今楽器もビューグルではなくマーチングブラスに変わって、音楽性を追求してますよね。日本においてもディレクターやインストラクターがもう少し基礎的な部分に目を向けるともっとレベルは上がっていくと思います。

植木 とはいうものの、日本人は地道な練習はあまりしないのかな・・と教えていて感じます。すぐ結果にあらわれるようなものが欲しい、と思っている人が多いと思います。それは実際に教えている私のような立場の人間にも同じことがいえます。残念ながら結果はすぐには出てこないですね、こつこつ積み重ねてやっと結果につながった、といった感じでしょうか。みなさん「すぐ結果」「コンクールですぐにいい賞をとりたい」と思うでしょうが、結果を出すためにはやはり先ほども言った積み重ねがないと賞もとれないのではないでしょうか。

平尾 打楽器の観点から言うと、楽器の編成においてもDCIによく似た編成になっていますが、それがあまり効果的ではないと思うんです。実際にDCIは屋外のフィールドですから音の残響がないわけで、それを補うためにサスペンドシンバルがたくさん使われているんですが、日本の大会は屋内で残響もあるのにサスペンドシンバルを重ねすぎて音がとてもうるさくなってしまって、せっかくの演奏が聞こえないということもあります。また、スティック類をみても「○○高校が使っているスティックだ」というように小学生、中学生が大人が使うような重くて太いスティックを使っているという現状もあります。これではレベルアップは難しいですね。

植木 指導者の観点からみても、実際にアメリカにいって勉強して学んだ人が日本に帰ってきて教えるときに、自分たちが今まで日本で勉強していた部分はど返しにして、アメリカで学んできたことだけを教えようとするからだめなんだと思います。基本になるものというのはやはりクラシックで、そこからの応用はどんなジャンルにもきくんです。なのでやはりすべてがDCIという教え方は非常にまずいと思いますね。

平尾 やはり指導する方も、マーチングに対して偏見を持たないことがまず重要ですよね。

植木 そうですね、そういうのは少なからずあります。オーケストラ奏者の中ではマーチングだけでなく吹奏楽にも偏見を持っている人がいます。このように「自分たちがやっている音楽が一番で他は受け入れない」みたいな人たちがいるのは事実です。しかし、そうでない人もたくさんいます。一つ言うとすれば「DCI帰りの人の分野を邪魔しちゃいけないな」という遠慮はいつもあります。あまり私たちが深入りしすぎてそのDCI経験のある人が教えづらくなってしまってはいけないと思うからです。

平尾 あとはやっぱり譜面のアレンジでしょうね。たとえば小学生だったら「いかに無理をさせないで吹かせるか」や「基本的なことをふまえたうえで効果的に吹ける」ようなアレンジが求められます。またそのバンドのメンバーひとりひとりの顔を思い浮かべて音符を書かなければならないと思っているんです。さらにアレンジで気になることは、「とってつけたようなアレンジになりがち」ということです。マーチングの場合ヴィジュアルデザイナー、アレンジャーなど個々が分担してショーを作っていますから、個々のデザイナーやアレンジャーの意思の疎通がしっかりととれていないとアレンジがめちゃくちゃになってしまう恐れがあるので、注意が必要でしょう。

植木 音楽にあったショーを作り上げていったり、逆にそういうアレンジになったりという総合的なものをプロデュースされてないと一つのショーとしては厳しいと思います。

平尾 アメリカのマーチングバンド(カレッジバンド)にはちゃんとしたオリジナルの曲があるんですよね、ところがDCIはオリジナルの曲を作ってないですよね。例外もありますけど…2003年、2006年のキャバリアーズとか。それ以外はアレンジが多いんですよね。アメリカのアレンジャーはとてもセンスがいいし抜群の音楽力をもっています。それと同じように日本でもこのようなアレンジャーを育てるというのが急務なんじゃないでしょうか。また話が戻るけど、どんなに素晴らしいアレンジでも、基礎的な技術やソルフェージュ能力が伴わないとその効果は発揮されないでしょう?だから、効果的なアレンジを生かすも殺すも基礎練習ってことですかね。今後もっと基礎的なことを徹底してレベルを上げていくには、もっと大会の時にある程度の規定みたいなものを作った方がいいのではないかと思うんです。もちろんマーチングバンド協会とオーケストラプレーヤーと一緒になってですけどね。それによって基礎的なことをもっとのばしていけばレベルは自然に上がっていくんじゃないかと思うんです。

植木 小学生にはこのくらい、中学生にはこのくらい・・といったように順を追っていけば高校生くらいになったらちゃんとした音も出るようになりますし、DCIのように高度な曲も演奏できるようになるんじゃないでしょうか。今は、小学生がフロントベルのメロフォンみたいに演奏が難しい楽器をよくやっていますが、あれだったらアルトホルンの方がきれいに聞こえるのではないか、と思うほどです。

平尾 あとは評価についても分かれるところなんですよね。たとえば難しいものを果敢にチャレンジしてきたところに対して高い点数をつける人もいれば、必要以上に難しいことをやったけれど失敗してしまったところはやっぱりだめです、みたいな人もいました。現状でいくと編成的にも人数的にも曲的にも・・自由ですよね。そうすると変な話ですけどDCIのコピーをやったところは点数が高い、みたいな評価になりかねないので、ある程度のひな形を作ってあげるのがいいんじゃないかと思うわけです。

植木 現状ではマーチングを全く知らない人が審査した場合、ブラスは「何でもっと楽に吹かないんだろう?」「そんなに荒く吹く必要がどこにあるのだろう」と思ってしまうと思います。挙げ句の果てには「何でそんなに高い音ださなければならないのか」と思われてしまうと思うんです。楽器を吹くことに関しては基本的なことができていないと点数がわるくなってしまうというわけですね。本質的に楽器を吹く、鳴らすということがどういうことかということが原点にあって、そこからだんだん伸びていっていろいろなことをやるというならいいと思うのですが、本質的なものがないのにやっていても伸びてこないと思います。

平尾 マーチングが本当にすばらしいと思われて普及していくためには、もっと質の高いものを追求していく必要があると思います。そうでなければマニアしか集まってこない世界になってしまう恐れがありますから。昨今の大会等をみていても客席には関係者が多いのが現状ですから、これではあまり広がってはいかないですよね。一般のお客さんが楽しめて、認知されないともっと広まっていかないと思います。逆にそうなっていくとオーケストラ奏者からも「マーチングっていいね」となると思うんです。そうなればもっとオーケストラとも関わりもでてきて、レベルの高いものが作れると思うんです。

植木 私は基本的にマーチングは音楽だけではない、ヴィジュアルや演出もあるエンターテイメントであり、総合的な芸術であると思っています。もちろんアメリカの影響を受けるのは当たり前のことであると思いますが、これからは日本独自のものになってもいいと思います。つまりアメリカの影響をうけながら自分たちでよりよいものを作っていく、ということです。そういったものをすべてプロデュースできれば最高のものができると確信します。たとえばミュージカルをもっと見るとか、クラシックだったらオペラをみるとかですね、もっともっと勉強して総合的な芸術を作り上げることができたら、と思います。

平尾 日本の音楽大学の作曲科のカリキュラムの中にマーチングバンド作・編曲を学べるコースなんかあればよりレヴェルアップにもつながるし、演奏する側の選択肢も広がると思うんですけどね。そうなれば、マーチングをずっとやっていた人が音大に入学するというケースもふえるのでは…。

植木 今の小学生の子どもたちが、演奏だけで「いいなあ」と思うような簡単なものでいいと思いますし、何しろやっているメンバー一人一人が「気持ちよかった」と思えるようなランクぐらいに抑えてあげることも必要でしょうね。小学生に無理矢理ハイノートをめいっぱい吹かせたり、フォーマレットをやらせたりというのは無理があって楽しめないと思いますから。やはり基本的なことをしっかりやる、これがすべてですね。

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