2008 DCI World Championship
DCI 2008 ワールドクラスファイナル
「スパルタクスがすべての敵を殺し、ファントムが優勝をさらう!」
by マイク・フェルラッゾ(DCWスタッフ)
2008年8月9日、インディアナ州ブルーミントン。DCIワールドクラス(Division I)のファイナルでファントムレジメントがその第一声を奏でる前に熱狂的なファンがこう叫んだ、「Just like ’96 baby!(’96年のようだぜ!)」。そう、’96年とはクォーターファイナルで4位だったファントムレジメントがその後驚異的な追い上げを見せ、2日後のファイナルではついにブルーデビルスを捕らえて同点1位、初優勝を飾った伝説の年のことだ。
今年のファイナルでもファントムはトップを狙って突き進んで行っ た。そして、高い評価で首位を独走していたブルーを、その魅惑的な“スパルタクス”ショーでついに追い詰め、0.025ポイント差で初の単独優勝を成し遂げたのだ。彼らはまるで’96年と同じ台本でシーズンを演じたかのようだった。シーズン初めはスロースタート、だが8月を迎える頃までにはショーをエモーショナルな傑作に変化させ、いつのまにかチャンピオンを狙えるポジションへと魔法のように上り詰めたのだ。
さて、何が今年の逆転劇を生んだのか?リキャップ(大会直後に一般公開される詳細な点数表)を見る限りでは、パーフェクトとも言えるパーカッションが大きな役割を担ったのは間違いなさそうだ。ファントムのパーカッションはファイナルでほぼ満点に近い19.85をマークし、この3年間で二度目となるフレッド・サンフォード賞(ベストパーカッション)を獲得した。このパーカッションキャプションでブルーデビルスに1ポイント近い差をつけているのは大きい。
だが総合得点では0.025ポイントというカミソリ1枚のごとく僅かな差だ。これはむしろジャッジの感情に訴えた結果だったかのようにも思える。感情に訴えたという視点で語るなら、今年ファントム以上にそれを成し遂げた団体はない。インディアナ大学のメモリアルスタジアムに詰めかけた2万人の観客は、このローマの奴隷物語の激しい心の痛みをただ感じ取っただけではなく、ショーのクライマックスで叫ぶ「I am Spartacus!(私がスパルタクスだ!)」の大合唱に自らも加わることでその感動を強く共有したのだ。(訳者注:映画「スパルタクス」の中で、ローマ軍についに捕らえられた奴隷の反乱軍が、「首謀者スパルタクスを差し出せば他のすべての奴隷の命は助ける。スパルタクスはどこだ?誰がスパルタクスなのだ?」と尋ねられる。そこでスパルタクスが名乗り出ようとすると、彼を死なすわけには行かないと他の多くの奴隷たちが「自分がスパルタクスだ!」と次々に名乗り出始める感動のシーンを演出している。)
ショーの中で示される奴隷たちの決心もまた、ファントムが劇的な逆転優勝をものにするために示した真のチャンピオンの気概を象徴していたかのようだった。「自分たちのグループをとても誇りに思うよ。今年は大変な年だったけどね。」エグゼクティブディレクターのリック・バレンズエラ氏はそう振り返った。「昨年11月の(返済問題の)訴訟を覚えているかい?あの時は、今日こうして仕事ができるかどうかさえ分からないような状態だったんだ。今年の初めは危なかったね。結局この10年か15年の間に起きた大きな変化が問題をもたらしたんだ。今シーズンは本当にこうしてショーを披露することができないんじゃないかと心配だったよ。」
この夏、こうした経済的苦難を抱えたのはファントムだけではない。記録的なガソリン価格の高騰や食料品の値上げなどでどのコーも厳しい財政難にあえいでいたのだ。ドラムコーだけではない、DCIや、ファンもまた同様だ。しかし、今夜こうして12団体が無事に最高の夜を迎えることができ、皆この1年の苦しみを忘れることができたに違いない。
「確かに…この問題は大変な難題でした。このチャンピオンシップウィークを迎えるにあたってもそうです。各コーがここに移動して来ること、大会チケットの売上げ、観客が今日のショーを見に来るためにガソリンを車に入れること、そうしたすべてが厳しい状態だったと言えます。」DCIのエグゼクティブディレクター、ダン・アチェソン氏はそう語った。
「でも驚くべきは、どうやってこのチャンピオンシップウィークが成り立っていったかということなのです。このスタジアム、インディアナ大学、またそれらの優れたサポート。そしてもちろん、各ドラムコーの素晴らしいパフォーマンスです。」アチェソン氏は彼らのショーについてもコメントを加えた。「今日素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたブルーデビルスは最高のチャンピオンに思えました。しかし観客は文字通りスパルタクスに勝利を与えたかった。その盛り上がりは信じがたいものでした。」苦境を乗り越えたファントムに観客も自らを重ね合わせ、彼らとスパルタクス軍を勝利へと導いたのかもしれない。
1位 Phantom Regiment ファントム・レジメント
“スパルタクス”
ローマは一日にして成らず、そしてファントムのこの奴隷物語の成功もまた同じだ。実はファントムがスパルタクスをレパートリーに取り上げたのはこれで三度目である。1981年と1982年にすでに取り組んでいるが、それぞれ5位と4位に終わっている。今回のような大成功を収めたのは初めてなのだ。DCIの最も優れたストーリーテラー(ストーリー物を得意とする団体)は、この物語をもう一度実物大の劇場へと見事に変えてみせたが、以前よりバーが高く設定されていたことは彼ら自身が良く分かっていた。
「プログラムディレクターのダン・ファレルが私の所へ来て、『来シーズンはスパルタクスをやろうと思っている』と言ってきたんだ。」エグゼクティブディレクターのバレンズエラ氏はそう言って事の発端を明かしてくれた。「それで私は言ったんだよ。『過去に二度やっているがあまりうまく行かなかった。生きるか死ぬかになるってことは分かってるだろう?これは(物語の内容に引っかけた)ダジャレなんかじゃない。』」
「今のドラムコーの流れや環境の中でこのショーをやるリスクは良く分かっていたよ。過去の良くないイメージもあるだろうし、今のドラムコーに求められるものというものも分かっているからね。」バレンズエラ氏は続けた。「そしてその音楽や、シアトリカル(芝居的)な側面、そうしたものを通じてショーを本当にリアルでライブ感のある、生きたものにできるのかどうか、すごく怖かったんだ。」
皮肉とも言えるが、ショーの中の暴力的なシーンやリアルな死の描写が激しくなればなるほど、このショーは氏が言うようなライブ感のある生きたものになっていった。ショーは4つの死(シーズン初頭は2つだったのが倍に増えている)を軸に成り立っている。ローマ競技場で奴隷同士の戦いに敗れた者の死、スパルタクスの恋人が殺されてしまう胸の張り裂けるようなシーン、そしてスパルタクス自身の死、最後に奴隷軍の反乱の中でローマ軍指揮官の命が奪われる。このローマ軍指揮官を演じたのはなんとドラムメジャーのウィル・ピッツだ。槍で刺された彼は赤いケープをなびかせて指揮台の上で倒れ、スパルタクスのメインテーマの再現とともにショーはクライマックスを迎える。
自らも認めるこうした暴力シーンの多さにバレンズエラ氏自身も当初困惑していたが、彼のデザインチームはストーリーをより際立たせるために敢えてそうした演出にこだわった。そしてファイナルでは多少ガードのドロップなどはあったが、非常に劇的なやり方でストーリーを観衆に伝え、見事に優勝を勝ち
取ったのだ。
「凄かったよ!最高だね。」テキサス州ロックウォール出身の22歳のスネアセンタープレイヤー、ダニエル・アレンはそう語ってくれた。「ドラムが良かったとか、パーカッションの点が高かったなんてことは本当にどうでもいいんだ。ただ、今日本当に良い演奏ができて、それが自分の人生の中で最高の音楽経験になったということが重要なんだ。あの12分の経験というのは誰にも持ち去ることができないし、その瞬間のことを考えてみてもそれが本当に起こったことなのかどうかさえ良く分からないような、そんな特別なものだったような気がする。それくらい不思議な、現実とは思えないような時間だったよ。」
2位 Bule Devils ブルー・デビルス
“コンスタントリー・リスキング・アブサーディティ”
3位 The Cavaliers キャバリアーズ
“サムライ”
4位 Carolina Crown キャロライナ・クラウン
“フィニス(終わり)”
5位 The Cadets キャデッツ
“アンド・ザ・パスート・オブ・ハピネス”
6位 Bluecoats ブルーコーツ
“ザ・ノックアウト”
7位 Santa Clara Vanguard サンタクララ・バンガード
“3HREE:マインド、ボディ、ソウル”
8位 Blue Stars ブルー・スターズ
“Le Tour:エブリ・セカンド・カウント”
9位 Blue Knights ブルー・ナイツ
“ナイト・レイン”
10位 Boston Crusaders ボストン・クルセイダーズ
“ネオコスモス”