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Individual Vol.1
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目良康浩

インストラクター

「目が輝いてプレゼントを貰う前の子供のような ワクワク感を今でも忘れられないですね。」

「練習終わったら、すき焼きパーティーやんねんけど、見に来へんか?」 和歌山県の田辺市という人口6万人ほどの町で、そこに在った創価学会の音楽隊に“すき焼きパーティー”に釣られて入隊し、アルト・サックスを吹き始める。 楽隊の中で「シンフォニック隊」「ドリル隊」に分けるという話があり、「ドリル隊」を選択。 高校1年の冬に「ドリル隊」を「ビューグルバンド」に組織替えをするということで、1974年のDCIチャンピオンシップの16ミリを観る。 映写が終わったあと、みんなの目が輝いてプレゼントを貰う前の子供のようなワクワク感を今でも忘れられないそうです。 間もなく全員で1ピストン1ロータリーのビューグルを購入し、和歌山の田舎町にDrum Corpsが誕生。目良さんはフレンチホルン・ビューグル(ゲッツエン社のロング管タイプ)を選びました。
高校卒業後創価大学に入学、寮の友人に誘われて富士吹奏楽団の東京ビューグル(現創価ルネサンス・バンガード)に入隊し、そこでもフレンチホルン・ビューグルを担当。 東京ビューグルでは、Drum Corpsやマーチングについて、その後の“マーチング人生”の基礎となるようなことを色々学び、経験できたとおっしゃいます。
1981年の11月に同期生5名と「Drum Corps愛好会」としてクラブを立ち上げ、初代部長に。1982年には、次年度のM連(現M協)の大会目指して衣装を誂え、コー・ネームを「ロイヤル・キルティーズ」として同好会に昇格、残念ながらその翌年(1983年)に初参加したM連の大会は、都大会敗退。
大学を卒業してからも、コー・ディレクター、プログラム・コーディネーター、ドリル・デザイナーとしてRK、プライド・オブ・創価をサポート。今は1人のOBとしてプライド・オブ・創価の活動を見守っています。
2002年には、初めて関東大会の審査員をされました。
DCJでは、その前身の「ドラム・コー・フォーラム」を立ち上げの頃から携われています。
昨年から、アレンジャーの熊谷淳さんにお声を掛けて頂き、「星野学園マーチング・バンド」のドリル・デザインを担当されています。
(2009年3月)

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